日本性科学会倫理規定について

日本性科学会は2001年に倫理規程を採用しました。性治療者,性教育者,性研究者を対象としたもので,当時の WAS(World Association for Sexology ; 現在は World Association for Sexual Health)の倫理規程(Code of Ethics)をそのまま採用したものです。ここに示すのはその抜粋の日本語版で,2001年の第30回性治療研修会抄録集に掲載されています。(日本性科学会雑誌Vol.38 No.1 July 2020: 98-103に再掲載)英文の本文は日本性科学会雑誌Vol.19 No.1 July 2001: 42-61にあります。
時代の流れとともに追加,改変も必要と思われ,本年はこの改訂に取り込むことになりました。ご意見のある方は郵便ないし e-mail で事務局にお送りください。

日本性科学会倫理担当理事
大川 玲子

日本性科学会倫理規定抜粋

一般原則

本規定は,1978年10月24日にローマで制定されたヒューマン・セクシュアリティに関する臨床,教育,研究上の倫理規定である。WAS のすべての会員は,職業的活上,以下の倫理原則に従うものとする。各国で既に法制化されている法規制に本規定は介入するものではなく,また,本規定が法的な処罰を行うものでもない。本規定は,専門家が性の問題に対処する上での倫理的な意思決定と職務遂行のガイドラインとなるものである。職種は異なっても,人間尊重,人権・市民権の尊重,責任感,協同者や集団への誠実性,器具や技術活用上の慎重さ,職務上の基本的能力と専門性向上等の倫理は共通している。
WHO の提言によれば,性の健康とは,性的存在としての身体的,情動的,知的,社会的因子を,人格のふれあい,コミュニケーション及び愛を高めることによって,ポジティブでゆたかなものにし,かつ統合することである。ヒューマン・セクシュアリティに関わる専門家は,市民の身体的,道徳的,社会的安全を侵害する行為をすべきでないことはもちろんのこと,そのような行為 に加担してはならない。品性を落とす行為,非人間的で残酷な処遇に,研究者として,助言者として,協力者として関与してはならない。犯罪疑惑,告発のケースや,革命,戦争,テロの状況 下でも,人権侵害や虐待が行われた場合,それを放置してはならない。年齢,性別,民族,宗教,性指向,思想・信条,所属国家,社会階級などにより,人を差別することがあってはならない。
なお,本規定は,性治療者,性教育者,性研究者に対し,それぞれの専門性に応じた義務規定を設ける。

Ⅰ 倫理規定の適用

1 以下の規定は,性治療者,性教育者,性研究者に適用される。

2 性治療者に求められる要件
⑴ 各国で正式に承認されている大学から,医学,心理学,あるいは各国の倫理委員会が認めるその他の学術領域で,大学卒業資格を取得して いること。あるいはそれに相当する経歴を持っていること。
⑵ 常に研鎖を積むことは性治療者に求められる責務である。

3 性教育者に求められる要件
⑴ 各国で正式に承認されている大学から大学卒業資格を取得していること。あるいはそれに相当する経歴を持っていること。
⑵ 常に新しい知識を獲得するよう努力することは性教育者に求められる責務である。
⑶ 性教育者は,セクシュアリティに関する自分自身の意識や価値観を自覚するため,自分の 内面を見つめる経験を持つべきである。
⑷ 性教育者は,自分自身の意識や価値観を反映した知識のみを与えることを避け,中立的な立場で知識の提供ができる能力を獲得すべきである。

4 性研究者に求められる要件
⑴ 各国で公式に承認されている大学から,社会学,文化人類学,医学,生物学,心理学,あるいは,各国の倫理規定で認められた他の学問領域に関する大学卒業資格を取得し,あるいはそれに相当する経歴を持っていること。
⑵ 性研究者は,セクシャリティに関する自分自身の意識や価値観を自覚するため,自分の内面を見つめる経験を持つべきである。

6 性治療者,性教育者,性研究者の能力の限界
⑴ 性治療者は,自分の専門的活動の限界をできる限り明確に認識していなければならない。
⑵ 性治療者は自分の治療によって生じる心理的,医学的,精神医学的,心身医学的,家族関係的問題の危険性を発見,評価,測定しなければならない。また,そのような危険を避けるため,必要な予防的措置をとらねばならない。
⑶ 性治療者は,自分自身で解決する場合も,他の専門家に解決を依頼する場合も,問題が生じた時にとるべき方法を知らねばならない。
⑷ 性治療者は個人の宗教上,倫理上,道徳上,政治上の信条を尊重するべきである。
⑸ 性治療者,性教育者,性研究者(以下この三者を総称して専門家と記述する)は,広く承 認され,試されていない理論や技法を用いた治療,研究,指導・教育を提供してはならない。
⑹ この倫理規定は専門家の個人としての行動には適用されないが,例外的に以下に関しては, 適用される。
① これらの行動が人間の権利に配慮せず,患者,クライエント,学生,研究の対象者,同僚または他の関係者への尊重にならない場合
② 性別による平等に配慮せず,ハラスメントや虐待に関わる場合
③ 世界的な科学の領域で,受け入れられ,認められていない技法や方法論を用いる場合
④専門家が患者,クライエント,学生,研究の対象者を自分の個人,家族,あるいは商業上の問題や葛藤に関わらせた場合
専門家は倫理に反する行動や法に従わない行動をしてはならない。上記①,②,③,④の項は職業上の問題と見なされる。
⑺ すべての患者,クライエント,学生,研究対象者は知らされる権利を持っている。専門家は,診断,評価,指導,スーパービジョン,教育,コンサルテーション,研究などの結果を対象者に返す時,対象者が理解しやすいように説明するべきである。彼らは専門家が提示する以外の異なった理論や方法を知る権利があり,それらを選ぶことができる。
⑻ 専門家は,治療,教育,研究のすべての過程で,職業上知り得た秘密を守らねばならない。 ただし,患者やクライエント本人の許可がある場合,または,その他特別の事情がある場合 にのみ,この原則は適用されない。

7 個人的問題や葛藤
専門家の個人的問題や葛藤は治療の効果を妨げてはならない。
⑴ 専門家は,自分のためあるいはだれか第三者のために,専門的実践で得られた権力や優位な立場を患者,クライエント,学生,研究対象者あるいは同僚に対して行使してはならない。
⑵専門家は,患者,クライエント,学生,研究対象者と適切な距離の限界を越えた人間関係を持ってはならない。以下の事項を含む治療はすべて不適切と判断される。
① 性別の平等に対して配慮を欠くこと。
② 患者,クライエント,学生,あるいはそのはか転移関係上,倫理上,法律上の権威を及ぼしている他の人々と性行動を持つこと。
身体的,精神的,あるいは倫理的な暴力は,専門家として極めて重大な行為であり,専門家はそれらの行為に対して全責任を負う。
⑶ 専門家は,過去に社会的,商業的,経済的な関係があった人々と契約を結ぶことを避けねばならない。性治療者は利害関係,情緒的関係,あるいは性的関係にあった人々を患者としては受けてはならない。予測できない事態により,治療契約期間にこれらの関係が生じた場合,できるだけ早く,そのケースから撤退する義務を性治療者は負っている。個人的関係は避けられねばならない。
⑷ 専門家は,他の専門家を紹介するときは患者やクライエントの了解を得なければならない。
無料で行われたサービスも人々に対する配慮,尊重,関心の観点では,例外ではない。

Ⅱ 性治療者,性教育者,性研究者の義務

8 患者への義務
性治療者は,自分のクライエントや患者の悩みや不適応を軽減するため努力しなければならない。性治療者は,クライエントや患者と性行動をしてはならない。外性器の感覚に関する研究は,学問的に認められた資格を持つ研究者により,前もって提出された計画ですでに説明されている目的に従って行われる場合のみ実施が可能である。

11 治療者の禁欲義務
性治療者は,クライエントや患者と性的関係をもってはならない。性治療者は,観察,概念化,明確化,解釈を行うものである。どのような状況であっても,性治療者は,クライエントや患者あるいは第三者の行動をおとしめてはならない。また,家族に対して争いを煽ってはならない。どのような形にせよ,身体的,精神的,倫理的な暴力を行使してならない。性治療者は,クライエントや患者を暴力から守らねばならない。どのような暴力も許されない。たとえ,それが両者合意の上であっても,同様である。
性治療者は,クライエントや患者に対して,性的に誘惑し,愛情関係を持ち,性行為を行う目的で自分の特権的立場を利用してはならない。クライエントや患者と性行動を行うことは治療的な意味でも受け入れられない。性治療者とクライエントあるいは患者の関係が個人的関係に及ぶ場合,性治療者は治療契約上の関係を守るか,クライエントや患者を専門家に紹介するかどちらかを選ぶべきである。

13 カップルや家族との関係
専門家は,各々の対象者に対して,治療の具体的な計画と専門家の秘密保持の原則について, 明確に説明する義務がある。たとえ,対象者が未成年であっても同様である。

14 専門的関係の終結
専門的関係を終結したいというクライエントや患者の決定は尊重されねばならない。

15 プライバシーの侵害
⑴ 専門家は,記録または報告書を書くときは,慎重かつ客観的でなければならない。差別や評価に直接結びつくような表現は避けるべきである。記録や報告書,あるいは口答での報告には,必要な情報以外は含めるべきではない。
⑵ 職業上知り得た秘密を守る義務は専門家が属するチームやグループのすべてのメンバーにもあてはまる。
⑶ この秘密保持の原則はクライエントや患者との治療的関係が終了したのちにも適用される。
⑷ クライエントや患者が未成年の場合,何らかの危機に際しては,性治療者の判断により, 親または後見人にも個人情報が伝えられることがある。しかし,この判断を行う時には,何よりも未成年の利益が尊重されねばならない。

16 職業的な秘密保持の限界
性治療者にも,職業上の秘密保持の原則は適用される。ただし,クライエントや患者が許可した場合のみ,この原則は適用されない。
性治療者が,会社,学校,裁判所などの職場で勤務し,クライエントや患者に関する検査や評価の結果を機関に対して報告しなければならない場合,専門家は,結果が報告されることをクライエントや患者に知らせる責任がある。

17 記 録
専門家は,記録上の個人情報に関して秘密保持を保証しなければならない。

Ⅲ 実践上の問題

22 料金とその契約
性治療者は,専門的関係においてクライエントや患者と料金について合意しなければならない。

23 評価と法的調査
専門家が個人の特性に関して文書または口頭で法的な報告や証言を行う場合,専門家はそれに先だって,適切な検査を実施しなければならない。専門家は,差別を引き起こしたり,クライエントや患者の評価を引き下げるような特定の表現について熟知し,報告や証言の際の表現には,慎重に配慮しなければならない。

24 公的な資格,マスコミとの関わり公式の資格者が,マスメディアを用いて商業的宣伝を行うことは禁じられる。広報,啓発活動と,売名行為は区別しなければならない。

Ⅳ 倫理的問題の解決

25 この倫理規定は,前述したすべての専門家に適用される。

27 倫理委員会への協力
専門家は,倫理委員会が行う倫理に関する調査,手続き,要求に協力するべきである。

28 倫理委員会への申し立て
専門家による同僚に対する提訴は,誠意を持って行われ,専門家の名誉を守るためだけに行われるべきである。すべての提訴は,倫理規定に認められた事実に基づいて行われねばならない。 クライエントや患者,あるいはその法定代理人も倫理委員会に不服の申し立てができる。
さだめられた規則や原則に違反する者は,倫理委員会によって,罰せられる。 以下は倫理委員会によって実行されうる処罰である。
⑴ 注 意
⑵ 警 告
⑶ 学会の役職の停止
⑷ 学会の定めるセラピスト・カウンセラー資格の一時的剥奪
⑸ 除 名
⑹ 入会取り消し

過渡的な規則
ヒューマン・セクシャリティの専門家に対する法律が施行されるまで,倫理委員会は,倫理規定を運用する権限を持つ。